発達凸凹息子との学習や生活あれこれ

小学校5年(高校1年になりました)の発達凸凹の子供とのかかわりで工夫したことや感じたことの記録。子供との関わりも含め。が、母親としてだけでなく、自分の好きなことをしようとか、自分で楽しかったな、面白かったなと日記のような、思うことも書いています。この頃そっちのほうが多いかも(笑)

小学校六年の夏休み

そろそろ子どもたちも夏休み。
夏休みって、学生の期間だけなんだよね〜
という話に。
大人になったら、こんな長期の休みってないよね〜と。
や、職種によってはあるかもよ。
と旦那。
遠洋漁業とか?と私。それしか思いつかなかった。
まあ、夏休みじゃないかもね。長期休み?


夏休みといえば、
私は小学校六年の夏休みを思い出す。
忙しかったけど、充実して、キラキラしてた。

あの頃って、毎日ラジオ体操があった。
お盆は休みだったような。
あまり記憶はないが。
行ける日は毎日いってた。
それも、ラジオ体操は6:30からなのに、
有志で5時頃から集まって、
ごっことか缶けりとかしてた。
田舎だし、早朝から起きて騒いでても誰も文句も言わない時代。
農作業に行くおじさんたちが通り過ぎたり。

帰って、朝食を食べ、
小6女子は10月の秋祭りに舞を舞う。
それがその地域の恒例で、
毎日午前は、舞の練習がお宮である。
その当時の六年女子は6人で、
夏休みは、毎日通って舞の練習。
嫌だとも思わなかった。
あの当時、六年で舞を舞うのは
なんか、お姉さんになった気がして
なんか誇らしかった記憶がある。

その後帰って、夏休みの勉強をする、
昼休み食べ、午後は学校のプールへ。
あの時代、プールもほぼ毎日だった。
集団登校で、暑い中、歩いて学校へ。
あの当時、娯楽も少なかったから、
ほとんどの子供が参加していた気がする。
田舎のプールなので、
突然プールにヘビが乱入するとかあった。
ギャーとか、誰か叫んでて、
気づくとヘビが泳いで横断していた。
ヘビって、泳ぐのうまいのだ!
と、泳いでるの見て知った。

プールの帰りに友だちと話しながら帰って、
その後また短時間で友だちと遊んだり、
(それも、川や山で)
一緒に勉強したり、
夏休みの勉強したり、
おやつは、スイカがとうもろこし(自家製)
友達の家に言っても同じおやつ。

夕方帰り、テレビ見たり、
田舎は普通にホタル飛んでたりしたので、
ホタル採りにいったりもしてた。
(今じゃ考えられないが)
花火したり。

お盆は盆踊り。
近所の公園に友だちと行き、
子供は9時までだったか、
大人の和に入って、
伊那節、木曽節、炭坑節、龍峽小唄とか
時間まで、
どうしてあんなに懸命に踊っていたんだろう。

で、帰って寝る
お盆以外は9時に寝てた。
それの繰り返し。
何だかすごく充実してて、
キラキラして、毎日が楽しかった、
夏休みというとそれを思い出す。


赤毛のアンとか読んでると、
あの何でも、小学生が加減もわからず
歯止めが効かないくらい
懸命にやる感じとか、
その土地、時代にあった行事とか、
それに参加して、心から楽しいとか
お姉さんになった感じを感じるとか、
そういうのに共感できるのだろうなと思ったりする。


とにかく、
私には特別の小6の夏休みだった。